【医書同源 読書考㉗】『ベスト・エッセイ 2025』(日本文藝家協会編著、光村図書、2025)を読んでみた―〈一手が十手、一手が百手〉とは?

読書考

◆ 本書は、分厚いエッセイ集。作家、画家、旅行家、花屋店主、編集者、俳優、茶道家元、映画監督、学者、歌人、翻訳家、落語家、写真家など多士済々。
著者たちの「職業生活」から日常の「私生活」に至るまで、私たちの知り得ない数々の情報がこの一冊に。いくつか見てみましょう。

1「名前のない坂」(スズキナオ・ライター)
これは坂にまつわる話。神戸・元町で、坂をテーマにしたトークイベントがあり、そこに行った著者。名前のない坂の写真がスクリーンに映し出されるたびに、「あー!」「おおー!」と上がる歓声、こんなにも盛り上がるのか、と驚いた。
・なるほど、あの、昔流行った「きらきら光る 硝子坂♪」ではありませんが、誰にでも内に秘めた“想い”があるのですね。

2「本の背中」(笠井瑠美子・製本技術者)
電車などで見かける「本の背中と読む人の背中が呼応する」姿は、“なんて”「美しいと感じるんだろう」とは、本の製造に一筋に携わってきた著者らしい感動。書き手、編集者はじめ多くの関係者の共同作業があってこそ出来上がる本。
・この話を聞いて、私は、本の“新たな価値”を発見した思いがしました。

3「くーちゃんから全人類へ」(鈴木俊貴・動物言語学者)
くーちゃんが家に来た。僕とくーちゃんは“会話”ができる、という著者。とても優しい犬―「お散歩行こっか」「おやつ落ちてたよ」……“動物語の翻訳機”なんか要らない、と。
・拙宅の勝手口のガラス戸には、夏の夜になると、ヤモリたちがやってきますが、その微妙な仕草でなんとなく気持ちが伝わってきて愛おしくなります。

4「すぎる」(川添愛・言語学者)
広告に「このカードゲーム、野球すぎる」のコピーを見たという著者。「~すぎる」には独特の自由さがあるようです。この頃の人は、「巨大すぎる」「最高すぎる」などの“さらにすごい”と言いたい表現でさえ、物足りないらしい。なんと「カッコよすぎすぎる」「大好きすぎすぎる」などの用例もあって、今後どうなっていくのか、「楽しみすぎすぎる」。
・“ほんとほんとすごいすごい”世の中になってきたんですね。

◆ 78名もの著者たち、一人平均4ページ超のエッセイ集。「へぇ~、そうなんだぁ」とどれもこれも興味津々。執筆者たちの素顔が垣間見えて、もっともっと知りたい気分になります。
一冊で、10~20冊分くらい読ませてもらった満足感さえ得られます。
囲碁なら「一手が十手」(相当の価値あり)、「一手が百手」(同)みたいですね!

タイトルとURLをコピーしました