◆ 「資本論神話」―「資本主義」の認識をめぐって
③『資本論』は『資本主義論』ではない
(ゼミ長) 『人新世の「資本論」』の検討、5回目、先生、お願いしま~す。
では、進めていこう。
さて、『資本論』は『資本主義論』と思っている人は多いみたいだけど、田中くん、どう?
(田中くん)いやぁ、そんなこと、考えたこともないんですけど、、、。
うん、そうだろうねぇ。マルクスの『資本論』(Das Kapital ダス カピタール)には、ズバリ「資本主義」(der Kapitalismus デア カピタリスムス)の用語は、1回くらいしか使われていないらしいよ。原文に当たってみると、『資本論』第2巻第1篇第4章にあるね。第2巻は、友人のエンゲルスの編集なので、マルクスが書いたのかどうか、ぼくには分かんないけど…
19世紀って、「資本主義」の言葉は、そう使われてなかったろうけど…それにしてもわずか1回とは!
(田中くん)どうして、『資本論』って『資本主義論』(Der Kapitalismus)ではないんですか?
それっ、気になるよ、ほんとに。
じつは、マルクスには大きな研究計画があって、『資本論』に盛り込めた研究成果は、そのプランの最初の部分らしい。
国家とか対外貿易の仕組み、世界経済の状況などの領域は、予定されながら、ほとんど論じられていないよね。
『資本論』が『資本主義論』じゃないってことは確かだと思う。
しかも、19世紀という特定の時期のイギリスという特定の国を分析の対象にしていることは忘れちゃいけないし。そんな大きな制約がかかってるのが「マルクス資本主義論」、いや『資本論』だね。
やっぱり、斎藤さんが本書で説く「資本の論理」(p.30)イコール「資本主義システム」(p.58)・「資本主義の論理」(p.295)とストレートに強調する見方だと、資本主義は私利私欲まみれだ、みたいな一面的な評価に陥りやすいよ。
事実、斎藤さんは、気候危機に直面しながらも「利潤獲得の機会を見出していく」のは「惨事便乗型資本主義」(p.117)じゃないか、と批判してますね。
だけど、資源や環境の問題に積極的に取り組む企業は多いし、こうした経営姿勢が無視されるのって、なんだか寂しくない?
資本には「論理」だけじゃなく「倫理」も求められるんじゃないかな。日本では、「売り手よし・買い手よし・世間よし」の〈三方よし〉のビジネスモデルもよく知られているよね!
(田中くん)そうですよね!資本主義は『資本論』を超えて歴史を創ってきているんですね!
④「米ソ冷戦」体制の終結の産物
うんうん、『資本論』の「賞味期限」を超えた資本主義の行方やいかに?と気にもなるよ!というのは――
「資本主義」の用語は、ソ連「社会主義」が存在してこそ意義があったんでしょ。もともと歴史的にも、19世紀の初めごろ、「社会主義」の用語が先にあったらしい…
ここでは、地球を二分するような、いわゆる米ソ冷戦体制という時代でのこれらの用語の「利用価値」と言おうか――
これは戦後ずっと続いてきたけど、1989年、米ソ首脳によるマルタ会談で終結、結局、ソ連や東欧圏の社会主義体制が崩壊したので、対語の資本主義もあんまり使われなくなってしまったんだ。
こうもあっけなく社会主義が「70歳」ほどで終わるとは!資本主義の200年にさえ届かんかった。人の一生より短いくらい。歴史ってほんの一瞬やね、むなしいもんなんやなぁ~。
『資本論』を乗り越えた資本主義も社会主義に続いて終焉の時を迎えたのかも知れないねぇ、、、。
ちょうどその頃、注目すべき2冊の本が出版された。少しドキドキして読んだのを思い出しちゃう。ミシェル・アルベールの『資本主義対資本主義』(1991年)とフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』(1992年)なんだけど――
アルベールは、「アングロ・サクソン型資本主義」(市場優位の自由競争型)VS.「ライン型資本主義」(社会福祉を重視するヨーロッパ型)というふうに大まかに色分けして見せてくれたし、フクヤマは、人類史は資本主義をもって「終わる」のではないかと考えたんだね。
(村上さん)今では、いろんな資本主義がありますよね?
うん、社会主義に対抗する意味での資本主義じゃなくっただけにね、タガが外れちゃったかな?資本主義が『資本論』の賞味期限を超えたんだったら、今度は資本論神話の到来だよね!
現代中国は、「社会主義」を看板にしながら「資本主義」をやってるもんね、じつにややこしい、、、。中国は「国家資本主義」と呼ばれたり―社会主義モドキ?なのか資本主義モドキ?みたいな国―するけど、資本主義像・資本主義観って、いっぱいあるねぇ~。
ほら、AI資本主義、縁故資本主義、株主資本主義、監視資本主義、金融資本主義、公益資本主義、里山資本主義、ネット資本主義、文化資本主義、包摂資本主義、みんなの資本主義、倫理資本主義とか、古くは法人資本主義もあったね。
この頃は「ニセ(エセ)資本主義」、「真(シン)の資本主義」も聞くよ、、、。なにがなんだか、すごいなぁ~。
なかには、資本主義をもじった「志本主義」や「人本主義」もあるし、ぼくはサガしてもな~んもなかサガ生まれ、グンマー住いの「地本主義者」。なのでサー、都会派の「都本主義者」になんとなく対抗してるんサーね(^▽^)/。
「と(か)いなか」(都会+田舎)風の「ふるさと資本主義」や「渋沢資本主義」もよく使ってるけど、どうなんかね~。
ゼミのみんな、いつか「ダジャレノミクス」シリーズで、ユニークな「四本主義」、「偽本主義」、「試本主義」、「写本主義」、「水本主義」なんてのも話題にしてくれて、くだらんと言われそうだけど、オモロかったよね!
(ゼミ長)はい、すごく!ファンタスティックでしたよ。あ~っ、今日も。。。「ピンポーン、パンポーン♪」(先生:次回は、「資本主義自然消滅論」?です)
※画像 M.アルベール『資本主義対資本主義』、F.フクヤマ『歴史の終わり』